「平等」と「同じ」の違い

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更新をご無沙汰してしまいました、下関店長のマツバラですマスオ

さいきんお申込希望のみなさまから、

 「ブログ読んで電話しました」

 「下関店長のマツバラさんに相談したいことが・・・」

 「マツバラ店長、カッコイイ!
  ↑ウソですスポンジボブ

というお電話をいただくことが多くなってきました。

正直、読んでいる人がいるのか不安でしたが、

こんなブログでも読者がいるんだと思うととってもうれしいです

これからもがんばって更新していきますね

さて、先日シーモールパレスに講演会を聞きに行ってきました↓

大宅映子

テレビでもおなじみの大宅映子さんの講演が無料で聴けるとあっては行かない手はないありません!

会場につくと、おそらく200人以上はいたのではと思います。

ここでは書ききれないほど面白い話をたくさん聴かせていただきましたが、現在の日本に蔓延している「平等」と「同じ」のはき違いについてのお話にはとても共感しました。

例えば100m徒競走。

なんと70m地点に線が引いてあり、トップの子供もそこで一旦足踏みをして、みんなそろった所で再スタートするそうです。

もっとひどい例だと、足の遅い子供だけ30m前からスタートするのだとか。もはやルールがメチャクチャですよね。

たしかに入り口は平等でなくてはいけません。
貧富の差や障害の有無で機会を奪われることがあってはいけません。

しかしそれは「みんな同じ」ということではないですよね。
足が速い子がいるように、遅い子だっています。
勉強が得意な子もいれば苦手な子もいます。
みんなそれぞれ違った「個性」です。
それをそのまま認めてあげればいいのだと思います。

最後に、大宅さんが大好きという詩を紹介したいと思います。

わたしと小鳥と鈴と
(金子みすゞ)

わたしが両手を広げても
お空はちっとも飛べないが

飛べる小鳥はわたしのように
地べたを早くは走れない

わたしが体をゆすっても
きれいな音は出ないけれど

あの鳴る鈴はわたしのように
たくさんな歌は知らないよ

鈴と小鳥と それからわたし
みんな違って みんないい